<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" version="2.0"><channel><title><![CDATA[H3 LLC]]></title><description><![CDATA[心と身体の健康をサポート]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/blog</link><generator>RSS for Node</generator><lastBuildDate>Wed, 08 Apr 2026 20:47:30 GMT</lastBuildDate><atom:link href="https://www.happiness-h3.com/en/blog-feed.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title><![CDATA[If my life had meaning in the end]]></title><description><![CDATA[— What remained after everything was gone — Three years ago, I lost my sense of meaning. I questioned everything. What had all those years been for? What had I sacrificed my family life for? Had my life meant anything at all? The question remained. There was humiliation. There was endurance. There was loss. There was a quiet sense of powerlessness. But more than anything, there was the feeling that meaning itself had disappeared. The organization was gone. The funding was gone. The role was...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/en/post/if-my-life-had-meaning-in-the-end</link><guid isPermaLink="false">69a4336a177696dbd3558336</guid><pubDate>Sun, 01 Mar 2026 12:45:11 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[人生の最後に、静かに意味があったと思えたらいい]]></title><description><![CDATA[— 何もなくなったあとに、考え抜いた末の形 — 三年前、私は意味を失いました。 これまでやってきたことは何だったのか。 家族を犠牲にしてまでやろうとしたことは、何だったのか。 自分の人生には、本当に意味があったのか。 その問いだけが残りました。 屈辱も、忍耐も、喪失も、無力感もありました。 でも一番重かったのは、「意味が消えた」という感覚でした。 組織もない。 資金もない。 肩書きもない。 それでも、周りにはメンタルヘルスで苦しんでいる人がいる。 家族の中にもいる。 何か役に立ちたいと思いながら、 何もできていない自分がいました。 大きなことはできない。 取り戻す力もない。 では、何ができるのか。 考え抜いた末に、残ったのは 自分が続けてきた小さな習慣でした。 眠ること。 歩くこと。 朝、ほんの少し記録すること。 崩れきらない形を整えること。 劇的な解決ではありません。 誰かを救える保証もありません。 でも少なくとも、 自分は崩れきらずにいられました。 それが、H3の出発点です。 大きな意味を取り戻すことはできないかもしれません。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AB%E3%80%81%E9%9D%99%E3%81%8B%E3%81%AB%E6%84%8F%E5%91%B3%E3%81%8C%E3%81%82%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%A8%E6%80%9D%E3%81%88%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%84</link><guid isPermaLink="false">69a3fe6eedd8c723c8a98d6e</guid><pubDate>Sun, 01 Mar 2026 08:58:42 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[幸せを感じられなかった理由を、ほどいてみる]]></title><description><![CDATA[これまでの人生で、 客観的に見れば「恵まれていた」と言える時期も、 きっとあったのだと思います。 それでも私は、 「幸せだ」と感じた記憶を、ほとんど持っていません。 なぜ、幸せを感じられなかったのか。 そして、なぜ今になって ごく小さな「幸せ感」を感じられるようになったのか。 この章では、その理由を、 自分なりに静かにほどいてみたいと思います。 仕事人生に関わるものを、ほぼすべて失ったあと、 はじめて分かったことがあります。 それまで大事だと思っていたものを手放して初めて、 当たり前だと思っていたものが、 決して当たり前ではなく、 どれほどありがたく、 大切なものだったかに気づいた、ということです。 健康であること。 歩けること。 今日一日を、無事に終えられること。 それらは、以前からそこにあったはずなのに、 私はほとんど意識することもなく、 感謝することもありませんでした。 振り返ると、 それまでの私は、 ずっと「先」を見て生きていたように思います。 もっと良くならなければ。 もっと成果を出さなければ。 もっと価値のある存在でなければ。 今がどうか、ではなく、...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%82%92%E6%84%9F%E3%81%98%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%90%86%E7%94%B1%E3%82%92%E3%80%81%E3%81%BB%E3%81%A9%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%82%8B</link><guid isPermaLink="false">6970d2e26582220b65f20128</guid><pubDate>Wed, 21 Jan 2026 13:21:55 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[『幸せ感』という言葉が、私を支えてくれた理由]]></title><description><![CDATA[「幸せ感」という言葉について 「幸せ感」という言葉は、 自分の中では確かにしっくりきているのに、 うまく言葉にできないまま使ってきた感覚でした。 幸福感、幸福度、幸せ度。 どれも正確で、間違ってはいない。 けれど、私が感じてきたものとは、少し距離があるように思えていました。 それらの言葉は、多くの場合、 統計で測られ 比較され 評価され 「高い／低い」と語られます けれど、私が探していたのは、 そうした枠組みの中で語られる言葉ではありませんでした。 それは「状態」ではなく「瞬間」に近い 「幸せ感」は、 人生全体の満足度でも、 成功の結果でも、 前向きであり続けるための意志でもありません。 むしろ── 深呼吸をして、気持ちが少し落ち着いた瞬間 今日を、静かに終えてもいいと思えた時間 うまくいかなかった一日を、そのまま受け止められたとき 誰にも見せない言葉を、そっと書き留めたとき そんな、とても小さく、静かな感覚に近いものです。 長く続く必要もありません。 説明できる必要もありません。 誰かと共有しなくてもいい。 ただ、 **「今、少し気持ちが楽だな」**と感じる、その一瞬。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E3%80%8E%E5%B9%B8%E3%81%9B%E6%84%9F%E3%80%8F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%A8%80%E8%91%89%E3%81%8C%E3%80%81%E7%A7%81%E3%82%92%E6%94%AF%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%90%86%E7%94%B1</link><guid isPermaLink="false">696f43b2423c15f2e1f10fb5</guid><pubDate>Tue, 20 Jan 2026 09:10:23 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[自分の言葉を、静かに残しておく場所をつくりました]]></title><description><![CDATA[「幸せ感ナビ Pro AI」に、新しい機能を追加しました。 それは、 AIの言葉でも、誰かの名言でもなく、 **自分自身が書いた言葉を残しておける場所**です。 日々の記録を続けていると、 「これは大切にしておきたいな」 と感じる言葉が、ふと生まれることがあります。 今回追加した 「お気に入りのあなたの言葉」は、 そうした言葉を、評価も分析もせず、 ただ静かに置いておくための機能です。 無理に使う必要はありません。 でも、ふとしたタイミングで 自分の言葉に戻れる場所があることが、 少し安心につながる気がしています。 これからも「静かに役に立つもの」を、 丁寧に積み重ねていきたいと思います。  アプリはこちら（App Store） https://apps.apple.com/jp/app/id6753702775]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89%E3%82%92%E3%80%81%E9%9D%99%E3%81%8B%E3%81%AB%E6%AE%8B%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%81%8F%E5%A0%B4%E6%89%80%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F</link><guid isPermaLink="false">696dcaedd122d90ed9697042</guid><pubDate>Mon, 19 Jan 2026 06:15:33 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[続けてきた時間を、そっと振り返る]]></title><description><![CDATA[ここまで、 いくつもの言葉を書いてきました。 無理をしないこと。 揺れる日があること。 止まってしまった日も、途中に含めること。 成果や数字と、少し距離を置くこと。 どれも、 何かを成し遂げるための話ではありません。 ただ、 日々を続けていく中で、 手放したくなかった感覚を、 その都度、言葉にしてきただけです。 振り返ってみると、 続けてきた時間は、 一直線ではありませんでした。 止まったり、戻ったり、 何もしていないように見える期間もありました。 それでも、 それらを含めて眺めてみると、 どこかで確かに、 自分の生活の中に残っているものがあります。 目に見える成果ではなく、 はっきりした変化でもなく、 ただ「こうありたい」と思ってきた感覚です。 続けてきた時間があったからといって、 何かが大きく変わった、という感覚はありません。 以前と比べてどうか、 という話でもありません。 それでも、 続けてきた時間が、 無駄だったとは思えません。 続けるということは、 何かを積み上げること以上に、 自分の状態を、 そのままにしておくこと だったのかもしれません。 すぐに判断を下さないこと。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E6%99%82%E9%96%93%E3%82%92%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%A3%E3%81%A8%E6%8C%AF%E3%82%8A%E8%BF%94%E3%82%8B</link><guid isPermaLink="false">695b3c11db38cd5b6e670052</guid><pubDate>Mon, 05 Jan 2026 04:30:25 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[成果や数字と、距離を置くという選択]]></title><description><![CDATA[続けていると、 どこかで成果や数字のことが、 気になってきます。 どれくらいできているのか。 どれくらい続いているのか。 他の人と比べて、どうなのか。 はっきり言葉にしなくても、 そうした基準が、 いつの間にか頭の中に入り込んできます。 成果や数字は、 分かりやすい安心材料になります。 「ここまでできた」 「これだけ積み上がっている」 そうやって確認できると、 続けてきたことに意味があったように 感じられるからです。 でも同時に、 それが重たくなる瞬間もあります。 思ったより進んでいない日。 数字が伸びていない時期。 前よりできなくなったように感じる瞬間。 そういうときに、 続けているはずのことが、 急に価値を失ったように 見えてしまうことがあります。 少しずつ、 成果や数字から、 距離を置いて考えるようになりました。 続けている理由を、 外から測れるものだけに 預けないようにしたかったからです。 できた量ではなく、 できなかった日も含めた時間。 目に見える変化よりも、 生活の中に残っている感覚。 成果や数字は、 あってもいいけれど、 それだけが答えではありません。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E6%88%90%E6%9E%9C%E3%82%84%E6%95%B0%E5%AD%97%E3%81%A8%E3%80%81%E8%B7%9D%E9%9B%A2%E3%82%92%E7%BD%AE%E3%81%8F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E9%81%B8%E6%8A%9E</link><guid isPermaLink="false">695b3013db38cd5b6e66e998</guid><pubDate>Mon, 05 Jan 2026 04:01:20 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[続けられなかった日も、途中に含めて]]></title><description><![CDATA[続けているつもりでも、 どうしても、続けられなかった日があります。 やろうと思っていたのに、できなかった日。 気づいたら、何日も空いてしまっていた日。 理由をはっきり説明できないまま、 時間だけが過ぎてしまった日。 そういう日は、 「もうだめかもしれない」と 思ってしまうことがあります。 一度止まってしまうと、 再開することが、 とても遠く感じられることがあります。 最初からやり直さなければいけない気がしたり、 ここまで積み上げてきたものが、 無意味になってしまったように感じたり。 でも、実際には、 止まったことで、そ れまでの時間が消えるわけではありません。 続けられなかった日があったとしても、 その前に過ごしてきた日々は、 ちゃんとそこに残っています。 見えなくなっているだけで、 なくなったわけではない。 そう考えられるようになるまで、 少し時間がかかりました。 続けられなかった日を、 「失敗」や「中断」として扱うと、 戻る場所がなくなってしまいます。 でも、 「今日はここまでだった日」 「一度、離れた日」 そういう言い方をすると、 戻る余地が、まだ残っている気がしました。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E6%97%A5%E3%82%82%E3%80%81%E9%80%94%E4%B8%AD%E3%81%AB%E5%90%AB%E3%82%81%E3%81%A6</link><guid isPermaLink="false">695b2c86db38cd5b6e66e2a5</guid><pubDate>Mon, 05 Jan 2026 03:19:18 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[調子が揺れる日がある、という前提で]]></title><description><![CDATA[続けていると、 どうしても調子が揺れる日があります。 昨日まではできていたことが、 今日はうまくできなかったり、 気持ちがついてこなかったり。 それでも、 「続けたい」と思っている自分がいるからこそ、 その揺れが、少し苦しく感じられることもあります。 調子がいい日が続いているときは、 このまま行ける気がします。 でも、どこかで必ず、 速度が落ちる日や、 立ち止まりたくなる日がやってきます。 そのときに、 「昨日と同じようにできない日」を、 そのまま受け取れずにいました。 続けることを、 「毎日同じようにできること」だと 思い込んでいたのかもしれません。 でも、心や体は、 毎日同じ状態ではありません。 眠れた日もあれば、 疲れが残っている日もある。 理由のはっきりしない不調の日もあります。 それでも同じように続けようとすると、 無理が出てしまいます。 少しずつ、 「調子が揺れる日がある」という前提で 考えるようになりました。 今日は軽めにする日。 今日はやらない日。 今日は、気づくだけの日。 そうやって幅を持たせると、 続けることが、 現実の中に戻ってくる気がしました。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E8%AA%BF%E5%AD%90%E3%81%8C%E6%8F%BA%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%97%A5%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%81%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%89%8D%E6%8F%90%E3%81%A7</link><guid isPermaLink="false">695b2a2db5397a67af49c73e</guid><pubDate>Mon, 05 Jan 2026 03:08:52 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[無理をしないことは、怠けじゃない]]></title><description><![CDATA[無理をしない、という言葉に、 どこか後ろめたさを感じることがあります。 本当は疲れているのに、 「もう少し頑張れるはずだ」と思ってしまったり、 休みたい気持ちに、理由をつけようとしたり。 無理をしないことが、 そのまま怠けているように見えてしまう感覚は、 きっと多くの人の中に、うっすらとあるのだと思います。 「続けている人＝頑張っている人」 「休まない人＝ちゃんとしている人」 そんな空気の中で生きていると、 立ち止まることや、速度を落とすことに、 どこか言い訳が必要な気がしてきます。 でも、心や体のことを考えると、 無理を続けることが、 本当に自分の望む形なのか、 分からなくなってきました。 無理をすると、 一時的には前に進めているように見えても、 その分、どこかで反動が来ます。 疲れが溜まったり、 気力が急に落ちたり、 「もう何もしたくない」という状態になってしまったり。 そうなると、 本当は大切にしたかったことまで、 まとめて手放してしまうことがあります。 無理をしない、という選択は、 止まることでも、諦めることでもなくて、 距離を測り直すこと なのだと思います。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E7%84%A1%E7%90%86%E3%82%92%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E6%80%A0%E3%81%91%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%AA%E3%81%84</link><guid isPermaLink="false">695b24efdb38cd5b6e66d25d</guid><pubDate>Mon, 05 Jan 2026 02:51:49 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[調子がいい日を増やすより、崩れにくくする]]></title><description><![CDATA[体調や気分のことを考えるとき、 「調子のいい日を増やしたい」と思うのは、 とても自然なことだと思います。 元気な日が続けばいい。 前向きでいられる日が多ければいい。 そう願うこと自体は、悪いことではありません。 でも、日々を振り返ってみると、 調子のいい状態は、 思っているより長くは続かないことも多いように感じます。 体は、少しの無理で崩れます。 心も、出来事ひとつで揺れます。 どれだけ整えても、 完全に安定する日は、ほとんどありません。 そんな中で、 「いい状態を保ち続けよう」とすると、 いつの間にか、 崩れた自分を責める視点が生まれてしまうことがあります。 今日はうまくできなかった。 気力が続かなかった。 思っていたほど前向きになれなかった。 そのたびに、 「もっとがんばらなければ」と考えるのは、 少し苦しいように思えました。 だから私は、 調子のいい日を増やすことよりも、 崩れにくくすること を 大事にしたいと思うようになりました。 うまくいかない日があっても、 完全に投げ出さずに済むこと。 調子が落ちても、 元の生活に戻ってこられること。 それは、...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E8%AA%BF%E5%AD%90%E3%81%8C%E3%81%84%E3%81%84%E6%97%A5%E3%82%92%E5%A2%97%E3%82%84%E3%81%99%E3%82%88%E3%82%8A%E3%80%81%E5%B4%A9%E3%82%8C%E3%81%AB%E3%81%8F%E3%81%8F%E3%81%99%E3%82%8B</link><guid isPermaLink="false">695a75acdb38cd5b6e654ef2</guid><pubDate>Sun, 04 Jan 2026 14:25:56 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[続けられる形を、人生の中に置く]]></title><description><![CDATA[書き続けているうちに、 気づけば、少しずつ言葉の置き場所が変わってきました。 最初は、誰かの役に立ちたいと思って書いていました。 で も今は、それよりも前に、 自分がどこに立っているのかを確かめるために書いている、 そんな感覚のほうが近い気がしています。 心や体の調子、日々の迷い、続けることの難しさ。 それらは、解決すべき「問題」というより、 人生と一緒に揺れながら付き合っていくものなのかもしれません。 だから私は、 何かを変えようとする前に、 立ち止まって確かめるための言葉 を残してきました。 この第4弾では、 これまで書いてきた文章を振り返りながら、 「続ける」ということについて、 もう一度、静かに考えてみたいと思います。 これまでの三つの文章を、 あらためて読み返してみました。 それぞれ少しずつ違うことを書いているようで、 実は、同じ場所を何度も確かめているような気がします。 それは、 どうすれば、ちゃんと続けられるのか という問いでした。 続けることは、 意志や努力の問題として語られることが多いように思います。 続かないのは、気合が足りないから。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E5%BD%A2%E3%82%92%E3%80%81%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AB%E7%BD%AE%E3%81%8F</link><guid isPermaLink="false">695a7433b5397a67af4833b7</guid><pubDate>Sun, 04 Jan 2026 14:11:22 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[人生の最後に、何を残せたらいいのか]]></title><description><![CDATA[これは 、私自身がぶれそうになったときに立ち戻るために書いた文章です。 年末年始という区切りの時期に、 いつもより少し、立ち止まって考える時間が増えました。 忙しく手を動かしているときには見えなかったことが、 ふと顔を出してくるような時間です。 そんなとき、 「これでいいのだろうか」と考えることがあります。 もっと広げたほうがいいのか、 もっと分かりやすく伝えたほうがいいのか。 でも最近は、そうした問いの前に、 ひとつだけ確かめておきたいことがあります。 人生の最後の瞬間に、 「自分の人生は意味があった」と思えたらいい。 いまは、その感覚を見失わずにいたいと思っています。 大きな成果や、誰かに誇れる実績ではなくて、 心と体の健康習慣づくりを通して、 誰かの気持ちが、ほんの少しだけ楽になっていた。 そんな生き方だったと、自分で思えたら十分です。 「人の役に立ちたい」と言うと、 何かを変えなければいけないような気がしてしまいます。 誰かを元気づけたり、前向きにしたり、 正しい方向へ導いたり。 でも正直に言えば、 私はそこまでのことができるとは思っていません。...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AB%E3%80%81%E4%BD%95%E3%82%92%E6%AE%8B%E3%81%9B%E3%81%9F%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%8B</link><guid isPermaLink="false">69554973884b77c4de753d47</guid><pubDate>Wed, 31 Dec 2025 16:17:00 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/298a1e_bd8a4bdd034b456885d5c939902135ee~mv2.png/v1/fit/w_1000,h_1000,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[無理なく続く、心と体の健康習慣の話]]></title><description><![CDATA[この記事は、12/21に投稿した前回の記事の続きとして、 無理なく続く、心と体の健康習慣について書いています。 幸せかどうかを決めるより、昨日や今日を振り返って、 感謝できたことを、無理のない数だけさらっと書いてみる。 そうすると、なんとなく少し気が楽になる気がします。 こうした習慣にたどり着いたきっかけは、 ある病院の掲示板で見かけた、睡眠教室の案内でした。 特別に眠れなくて困っていたわけではありません。 ただ、睡眠の質を整えることが、心や体の状態に大きく影響することは、 なんとなく実感として分かっていました。 心療内科の医師や心理士の方と、 同じように睡眠教室に参加した人たちと一緒に、 週に一度、二か月ほど通う中で、 「ああ、こんな感じの生活習慣ならやれそうだ」という感覚が、 少しずつ身についていきました。 睡眠教室では、食事や活動量など、 いろいろな項目を記録する睡眠記録シートを使って、 睡眠を見える形にしていました。 ただ、自分の経験として、入力が増えれば増えるほど、 続けること自体が結構負担になる感覚がありました。 毎日を丁寧に記録することよりも、...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%82%92%E6%B1%BA%E3%82%81%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E3%80%81%E5%B0%91%E3%81%97%E6%B0%97%E3%81%8C%E6%A5%BD%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E8%A9%B1</link><guid isPermaLink="false">694cf42d7a4e5b42be81252c</guid><pubDate>Thu, 25 Dec 2025 08:29:39 GMT</pubDate><enclosure url="https://static.wixstatic.com/media/298a1e_8bf7259e43cc401e97d8d21ba141b614~mv2.png/v1/fit/w_1000,h_1000,al_c,q_80/file.png" length="0" type="image/png"/><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item><item><title><![CDATA[個人開発で「心と体の健康習慣アプリ」を創った理由]]></title><description><![CDATA[はじめに 私は、個人で「幸せ感ナビ」という心と体の健康習慣アプリを開発・運営しています。 睡眠やウォーキング、日々の気持ちを記録し、振り返ることで、無理のない形で心と体の健康習慣を続けられたら——そんな思いから生まれたアプリです。 「なぜこのテーマなのか」「なぜ70歳の今なのか」「なぜアプリという形なのか」 今日は、少し個人的な背景も含めて、その理由を書いてみたいと思います。 なぜ「心と体の健康習慣アプリ」なのか 2年半前、私は45年に及ぶ仕事人生を、思わぬ形で終えました。振り返ると、良かったことや嬉しかった記憶はほんの一部で、多くは失敗や苦難、苦痛の連続だったように思います。最後は、すべてを一瞬で失うような、あまりにも厳しい終わり方でした。 当時は、何をどうすればよいのか分からず、ただ毎日をやり過ごすことで精一杯でした。そんな中で、唯一続けられたのが、 朝のストレッチ30分と、夕方のウォーキング90分 でした。 この習慣は結果的に5年ほど続いています。距離にすると、1年で日本列島を北から南まで往復するほどになり、5年で地球の3分の1周に相当します。今振り返ると、自分でも驚くほど...]]></description><link>https://www.happiness-h3.com/post/why-i-built-a-health-habit-app</link><guid isPermaLink="false">693f9771ce3ee5b6a1b439db</guid><pubDate>Mon, 15 Dec 2025 05:58:36 GMT</pubDate><dc:creator>raytsunoda</dc:creator></item></channel></rss>