続けられなかった日も、途中に含めて
続けているつもりでも、
どうしても、続けられなかった日があります。
やろうと思っていたのに、できなかった日。
気づいたら、何日も空いてしまっていた日。
理由をはっきり説明できないまま、
時間だけが過ぎてしまった日。
そういう日は、
「もうだめかもしれない」と
思ってしまうことがあります。
一度止まってしまうと、
再開することが、
とても遠く感じられることがあります。
最初からやり直さなければいけない気がしたり、
ここまで積み上げてきたものが、
無意味になってしまったように感じたり。
でも、実際には、
止まったことで、そ
れまでの時間が消えるわけではありません。
続けられなかった日があったとしても、
その前に過ごしてきた日々は、
ちゃんとそこに残っています。
見えなくなっているだけで、
なくなったわけではない。
そう考えられるようになるまで、
少し時間がかかりました。
続けられなかった日を、
「失敗」や「中断」として扱うと、
戻る場所がなくなってしまいます。
でも、
「今日はここまでだった日」
「一度、離れた日」
そういう言い方をすると、
戻る余地が、まだ残っている気がしました。
再開するときに、
以前と同じようにできなくてもいい。
少し短くても、
形が違っていても、
「戻ってきた」という事実だけで、
十分なのだと思います。
続けられなかった日も、
途中に含めて考える。
止まった時間も含めて、
ひとつの流れとして受け取る。
そうしてみると、
続けることは、
思っていたよりも、
ずっと柔らかいものになります。
続けられなかった日があっても、
それで終わりになるわけではありません。
ただ、
少し離れた場所から、
また歩き出すだけ。
いまは、
そんなふうに考えています。




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