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見出し h6
人生の最後に、静かに意味があったと思えたらいい
— 何もなくなったあとに、考え抜いた末の形 — 三年前、私は意味を失いました。 これまでやってきたことは何だったのか。 家族を犠牲にしてまでやろうとしたことは、何だったのか。 自分の人生には、本当に意味があったのか。 その問いだけが残りました。 屈辱も、忍耐も、喪失も、無力感もありました。 でも一番重かったのは、「意味が消えた」という感覚でした。 組織もない。 資金もない。 肩書きもない。 それでも、周りにはメンタルヘルスで苦しんでいる人がいる。 家族の中にもいる。 何か役に立ちたいと思いながら、 何もできていない自分がいました。 大きなことはできない。 取り戻す力もない。 では、何ができるのか。 考え抜いた末に、残ったのは 自分が続けてきた小さな習慣でした。 眠ること。 歩くこと。 朝、ほんの少し記録すること。 崩れきらない形を整えること。 劇的な解決ではありません。 誰かを救える保証もありません。 でも少なくとも、 自分は崩れきらずにいられました。 それが、H3の出発点です。 大きな意味を取り戻すことはできないかもしれません。...
raytsunoda
幸せを感じられなかった理由を、ほどいてみる
これまでの人生で、 客観的に見れば「恵まれていた」と言える時期も、 きっとあったのだと思います。 それでも私は、 「幸せだ」と感じた記憶を、ほとんど持っていません。 なぜ、幸せを感じられなかったのか。 そして、なぜ今になって ごく小さな「幸せ感」を感じられるようになったのか。 この章では、その理由を、 自分なりに静かにほどいてみたいと思います。 仕事人生に関わるものを、ほぼすべて失ったあと、 はじめて分かったことがあります。 それまで大事だと思っていたものを手放して初めて、 当たり前だと思っていたものが、 決して当たり前ではなく、 どれほどありがたく、 大切なものだったかに気づいた、ということです。 健康であること。 歩けること。 今日一日を、無事に終えられること。 それらは、以前からそこにあったはずなのに、 私はほとんど意識することもなく、 感謝することもありませんでした。 振り返ると、 それまでの私は、 ずっと「先」を見て生きていたように思います。 もっと良くならなければ。 もっと成果を出さなければ。 もっと価値のある存在でなければ。 今がど
raytsunoda
『幸せ感』という言葉が、私を支えてくれた理由
「幸せ感」という言葉について 「幸せ感」という言葉は、 自分の中では確かにしっくりきているのに、 うまく言葉にできないまま使ってきた感覚でした。 幸福感、幸福度、幸せ度。 どれも正確で、間違ってはいない。 けれど、私が感じてきたものとは、少し距離があるように思えていました。 それらの言葉は、多くの場合、 統計で測られ 比較され 評価され 「高い/低い」と語られます けれど、私が探していたのは、 そうした枠組みの中で語られる言葉ではありませんでした。 それは「状態」ではなく「瞬間」に近い 「幸せ感」は、 人生全体の満足度でも、 成功の結果でも、 前向きであり続けるための意志でもありません。 むしろ── 深呼吸をして、気持ちが少し落ち着いた瞬間 今日を、静かに終えてもいいと思えた時間 うまくいかなかった一日を、そのまま受け止められたとき 誰にも見せない言葉を、そっと書き留めたとき そんな、とても小さく、静かな感覚に近いものです。 長く続く必要もありません。 説明できる必要もありません。 誰かと共有しなくてもいい。 ただ、 **「今、少し気持ちが楽だな
raytsunoda
人生の最後に、静かに意味があったと思えたらいい
— 何もなくなったあとに、考え抜いた末の形 — 三年前、私は意味を失いました。 これまでやってきたことは何だったのか。 家族を犠牲にしてまでやろうとしたことは、何だったのか。 自分の人生には、本当に意味があったのか。 その問いだけが残りました。 屈辱も、忍耐も、喪失も、無力感もありました。 でも一番重かったのは、「意味が消えた」という感覚でした。 組織もない。 資金もない。 肩書きもない。 それでも、周りにはメンタルヘルスで苦しんでいる人がいる。 家族の中にもいる。 何か役に立ちたいと思いながら、 何もできていない自分がいました。 大きなことはできない。 取り戻す力もない。 では、何ができるのか。 考え抜いた末に、残ったのは 自分が続けてきた小さな習慣でした。 眠ること。 歩くこと。 朝、ほんの少し記録すること。 崩れきらない形を整えること。 劇的な解決ではありません。 誰かを救える保証もありません。 でも少なくとも、 自分は崩れきらずにいられました。 それが、H3の出発点です。 大きな意味を取り戻すことはできないかもしれません。...
raytsunoda
3月1日読了時間: 2分
幸せを感じられなかった理由を、ほどいてみる
これまでの人生で、 客観的に見れば「恵まれていた」と言える時期も、 きっとあったのだと思います。 それでも私は、 「幸せだ」と感じた記憶を、ほとんど持っていません。 なぜ、幸せを感じられなかったのか。 そして、なぜ今になって ごく小さな「幸せ感」を感じられるようになったのか。 この章では、その理由を、 自分なりに静かにほどいてみたいと思います。 仕事人生に関わるものを、ほぼすべて失ったあと、 はじめて分かったことがあります。 それまで大事だと思っていたものを手放して初めて、 当たり前だと思っていたものが、 決して当たり前ではなく、 どれほどありがたく、 大切なものだったかに気づいた、ということです。 健康であること。 歩けること。 今日一日を、無事に終えられること。 それらは、以前からそこにあったはずなのに、 私はほとんど意識することもなく、 感謝することもありませんでした。 振り返ると、 それまでの私は、 ずっと「先」を見て生きていたように思います。 もっと良くならなければ。 もっと成果を出さなければ。 もっと価値のある存在でなければ。 今がど
raytsunoda
1月21日読了時間: 3分
『幸せ感』という言葉が、私を支えてくれた理由
「幸せ感」という言葉について 「幸せ感」という言葉は、 自分の中では確かにしっくりきているのに、 うまく言葉にできないまま使ってきた感覚でした。 幸福感、幸福度、幸せ度。 どれも正確で、間違ってはいない。 けれど、私が感じてきたものとは、少し距離があるように思えていました。 それらの言葉は、多くの場合、 統計で測られ 比較され 評価され 「高い/低い」と語られます けれど、私が探していたのは、 そうした枠組みの中で語られる言葉ではありませんでした。 それは「状態」ではなく「瞬間」に近い 「幸せ感」は、 人生全体の満足度でも、 成功の結果でも、 前向きであり続けるための意志でもありません。 むしろ── 深呼吸をして、気持ちが少し落ち着いた瞬間 今日を、静かに終えてもいいと思えた時間 うまくいかなかった一日を、そのまま受け止められたとき 誰にも見せない言葉を、そっと書き留めたとき そんな、とても小さく、静かな感覚に近いものです。 長く続く必要もありません。 説明できる必要もありません。 誰かと共有しなくてもいい。 ただ、 **「今、少し気持ちが楽だな
raytsunoda
1月20日読了時間: 4分
自分の言葉を、静かに残しておく場所をつくりました
「幸せ感ナビ Pro AI」に、新しい機能を追加しました。 それは、 AIの言葉でも、誰かの名言でもなく、 **自分自身が書いた言葉を残しておける場所**です。 日々の記録を続けていると、 「これは大切にしておきたいな」 と感じる言葉が、ふと生まれることがあります。 今回追加した 「お気に入りのあなたの言葉」は、 そうした言葉を、評価も分析もせず、 ただ静かに置いておくための機能です。 無理に使う必要はありません。 でも、ふとしたタイミングで 自分の言葉に戻れる場所があることが、 少し安心につながる気がしています。 これからも「静かに役に立つもの」を、 丁寧に積み重ねていきたいと思います。 📱 アプリはこちら(App Store) https://apps.apple.com/jp/app/id6753702775
raytsunoda
1月19日読了時間: 1分
続けてきた時間を、そっと振り返る
ここまで、 いくつもの言葉を書いてきました。 無理をしないこと。 揺れる日があること。 止まってしまった日も、途中に含めること。 成果や数字と、少し距離を置くこと。 どれも、 何かを成し遂げるための話ではありません。 ただ、 日々を続けていく中で、 手放したくなかった感覚を、 その都度、言葉にしてきただけです。 振り返ってみると、 続けてきた時間は、 一直線ではありませんでした。 止まったり、戻ったり、 何もしていないように見える期間もありました。 それでも、 それらを含めて眺めてみると、 どこかで確かに、 自分の生活の中に残っているものがあります。 目に見える成果ではなく、 はっきりした変化でもなく、 ただ「こうありたい」と思ってきた感覚です。 続けてきた時間があったからといって、 何かが大きく変わった、という感覚はありません。 以前と比べてどうか、 という話でもありません。 それでも、 続けてきた時間が、 無駄だったとは思えません。 続けるということは、 何かを積み上げること以上に、 自分の状態を、 そのままにしておくこと だったのかもしれま
raytsunoda
1月5日読了時間: 2分
成果や数字と、距離を置くという選択
続けていると、 どこかで成果や数字のことが、 気になってきます。 どれくらいできているのか。 どれくらい続いているのか。 他の人と比べて、どうなのか。 はっきり言葉にしなくても、 そうした基準が、 いつの間にか頭の中に入り込んできます。 成果や数字は、 分かりやすい安心材料になります。 「ここまでできた」 「これだけ積み上がっている」 そうやって確認できると、 続けてきたことに意味があったように 感じられるからです。 でも同時に、 それが重たくなる瞬間もあります。 思ったより進んでいない日。 数字が伸びていない時期。 前よりできなくなったように感じる瞬間。 そういうときに、 続けているはずのことが、 急に価値を失ったように 見えてしまうことがあります。 少しずつ、 成果や数字から、 距離を置いて考えるようになりました。 続けている理由を、 外から測れるものだけに 預けないようにしたかったからです。 できた量ではなく、 できなかった日も含めた時間。 目に見える変化よりも、 生活の中に残っている感覚。 成果や数字は、 あってもいいけれど、 それだけが
raytsunoda
1月5日読了時間: 2分
続けられなかった日も、途中に含めて
続けているつもりでも、 どうしても、続けられなかった日があります。 やろうと思っていたのに、できなかった日。 気づいたら、何日も空いてしまっていた日。 理由をはっきり説明できないまま、 時間だけが過ぎてしまった日。 そういう日は、 「もうだめかもしれない」と 思ってしまうことがあります。 一度止まってしまうと、 再開することが、 とても遠く感じられることがあります。 最初からやり直さなければいけない気がしたり、 ここまで積み上げてきたものが、 無意味になってしまったように感じたり。 でも、実際には、 止まったことで、そ れまでの時間が消えるわけではありません。 続けられなかった日があったとしても、 その前に過ごしてきた日々は、 ちゃんとそこに残っています。 見えなくなっているだけで、 なくなったわけではない。 そう考えられるようになるまで、 少し時間がかかりました。 続けられなかった日を、 「失敗」や「中断」として扱うと、 戻る場所がなくなってしまいます。 でも、 「今日はここまでだった日」 「一度、離れた日」 そういう言い方をすると、 戻る余地
raytsunoda
1月5日読了時間: 2分
調子が揺れる日がある、という前提で
続けていると、 どうしても調子が揺れる日があります。 昨日まではできていたことが、 今日はうまくできなかったり、 気持ちがついてこなかったり。 それでも、 「続けたい」と思っている自分がいるからこそ、 その揺れが、少し苦しく感じられることもあります。 調子がいい日が続いているときは、 このまま行ける気がします。 でも、どこかで必ず、 速度が落ちる日や、 立ち止まりたくなる日がやってきます。 そのときに、 「昨日と同じようにできない日」を、 そのまま受け取れずにいました。 続けることを、 「毎日同じようにできること」だと 思い込んでいたのかもしれません。 でも、心や体は、 毎日同じ状態ではありません。 眠れた日もあれば、 疲れが残っている日もある。 理由のはっきりしない不調の日もあります。 それでも同じように続けようとすると、 無理が出てしまいます。 少しずつ、 「調子が揺れる日がある」という前提で 考えるようになりました。 今日は軽めにする日。 今日はやらない日。 今日は、気づくだけの日。 そうやって幅を持たせると、 続けることが、 現実の中に戻
raytsunoda
1月5日読了時間: 2分
無理をしないことは、怠けじゃない
無理をしない、という言葉に、 どこか後ろめたさを感じることがあります。 本当は疲れているのに、 「もう少し頑張れるはずだ」と思ってしまったり、 休みたい気持ちに、理由をつけようとしたり。 無理をしないことが、 そのまま怠けているように見えてしまう感覚は、 きっと多くの人の中に、うっすらとあるのだと思います。 「続けている人=頑張っている人」 「休まない人=ちゃんとしている人」 そんな空気の中で生きていると、 立ち止まることや、速度を落とすことに、 どこか言い訳が必要な気がしてきます。 でも、心や体のことを考えると、 無理を続けることが、 本当に自分の望む形なのか、 分からなくなってきました。 無理をすると、 一時的には前に進めているように見えても、 その分、どこかで反動が来ます。 疲れが溜まったり、 気力が急に落ちたり、 「もう何もしたくない」という状態になってしまったり。 そうなると、 本当は大切にしたかったことまで、 まとめて手放してしまうことがあります。 無理をしない、という選択は、 止まることでも、諦めることでもなくて、 距離を測り直すこ
raytsunoda
1月5日読了時間: 2分
調子がいい日を増やすより、崩れにくくする
体調や気分のことを考えるとき、 「調子のいい日を増やしたい」と思うのは、 とても自然なことだと思います。 元気な日が続けばいい。 前向きでいられる日が多ければいい。 そう願うこと自体は、悪いことではありません。 でも、日々を振り返ってみると、 調子のいい状態は、 思っているより長くは続かないことも多いように感じます。 体は、少しの無理で崩れます。 心も、出来事ひとつで揺れます。 どれだけ整えても、 完全に安定する日は、ほとんどありません。 そんな中で、 「いい状態を保ち続けよう」とすると、 いつの間にか、 崩れた自分を責める視点が生まれてしまうことがあります。 今日はうまくできなかった。 気力が続かなかった。 思っていたほど前向きになれなかった。 そのたびに、 「もっとがんばらなければ」と考えるのは、 少し苦しいように思えました。 だから私は、 調子のいい日を増やすことよりも、 崩れにくくすること を 大事にしたいと思うようになりました。 うまくいかない日があっても、 完全に投げ出さずに済むこと。 調子が落ちても、 元の生活に戻ってこられること。
raytsunoda
1月4日読了時間: 2分
続けられる形を、人生の中に置く
書き続けているうちに、 気づけば、少しずつ言葉の置き場所が変わってきました。 最初は、誰かの役に立ちたいと思って書いていました。 で も今は、それよりも前に、 自分がどこに立っているのかを確かめるために書いている、 そんな感覚のほうが近い気がしています。 心や体の調子、日々の迷い、続けることの難しさ。 それらは、解決すべき「問題」というより、 人生と一緒に揺れながら付き合っていくものなのかもしれません。 だから私は、 何かを変えようとする前に、 立ち止まって確かめるための言葉 を残してきました。 この第4弾では、 これまで書いてきた文章を振り返りながら、 「続ける」ということについて、 もう一度、静かに考えてみたいと思います。 これまでの三つの文章を、 あらためて読み返してみました。 それぞれ少しずつ違うことを書いているようで、 実は、同じ場所を何度も確かめているような気がします。 それは、 どうすれば、ちゃんと続けられるのか という問いでした。 続けることは、 意志や努力の問題として語られることが多いように思います。 続かないのは、気合が足りな
raytsunoda
1月4日読了時間: 2分


人生の最後に、何を残せたらいいのか
これは 、私自身がぶれそうになったときに立ち戻るために書いた文章です。 年末年始という区切りの時期に、 いつもより少し、立ち止まって考える時間が増えました。 忙しく手を動かしているときには見えなかったことが、 ふと顔を出してくるような時間です。 そんなとき、 「これでいいのだろうか」と考えることがあります。 もっと広げたほうがいいのか、 もっと分かりやすく伝えたほうがいいのか。 でも最近は、そうした問いの前に、 ひとつだけ確かめておきたいことがあります。 人生の最後の瞬間に、 「自分の人生は意味があった」と思えたらいい。 いまは、その感覚を見失わずにいたいと思っています。 大きな成果や、誰かに誇れる実績ではなくて、 心と体の健康習慣づくりを通して、 誰かの気持ちが、ほんの少しだけ楽になっていた。 そんな生き方だったと、自分で思えたら十分です。 「人の役に立ちたい」と言うと、 何かを変えなければいけないような気がしてしまいます。 誰かを元気づけたり、前向きにしたり、 正しい方向へ導いたり。 でも正直に言えば、 私はそこまでのことができるとは思ってい
raytsunoda
2026年1月1日読了時間: 3分


無理なく続く、心と体の健康習慣の話
この記事は、12/21に投稿した前回の記事の続きとして、 無理なく続く、心と体の健康習慣について書いています。 幸せかどうかを決めるより、昨日や今日を振り返って、 感謝できたことを、無理のない数だけさらっと書いてみる。 そうすると、なんとなく少し気が楽になる気がします。 こうした習慣にたどり着いたきっかけは、 ある病院の掲示板で見かけた、睡眠教室の案内でした。 特別に眠れなくて困っていたわけではありません。 ただ、睡眠の質を整えることが、心や体の状態に大きく影響することは、 なんとなく実感として分かっていました。 心療内科の医師や心理士の方と、 同じように睡眠教室に参加した人たちと一緒に、 週に一度、二か月ほど通う中で、 「ああ、こんな感じの生活習慣ならやれそうだ」という感覚が、 少しずつ身についていきました。 睡眠教室では、食事や活動量など、 いろいろな項目を記録する睡眠記録シートを使って、 睡眠を見える形にしていました。 ただ、自分の経験として、入力が増えれば増えるほど、 続けること自体が結構負担になる感覚がありました。 毎日を丁寧に記録する
raytsunoda
2025年12月25日読了時間: 3分
個人開発で「心と体の健康習慣アプリ」を創った理由
はじめに 私は、個人で「幸せ感ナビ」という心と体の健康習慣アプリを開発・運営しています。 睡眠やウォーキング、日々の気持ちを記録し、振り返ることで、無理のない形で心と体の健康習慣を続けられたら——そんな思いから生まれたアプリです。 「なぜこのテーマなのか」「なぜ70歳の今なのか」「なぜアプリという形なのか」 今日は、少し個人的な背景も含めて、その理由を書いてみたいと思います。 なぜ「心と体の健康習慣アプリ」なのか 2年半前、私は45年に及ぶ仕事人生を、思わぬ形で終えました。振り返ると、良かったことや嬉しかった記憶はほんの一部で、多くは失敗や苦難、苦痛の連続だったように思います。最後は、すべてを一瞬で失うような、あまりにも厳しい終わり方でした。 当時は、何をどうすればよいのか分からず、ただ毎日をやり過ごすことで精一杯でした。そんな中で、唯一続けられたのが、 朝のストレッチ30分と、夕方のウォーキング90分 でした。 この習慣は結果的に5年ほど続いています。距離にすると、1年で日本列島を北から南まで往復するほどになり、5年で地球の3分の1周に相当しま
raytsunoda
2025年12月15日読了時間: 4分
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