人生の最後に、何を残せたらいいのか
- raytsunoda
- 2026年1月1日
- 読了時間: 3分

これは、私自身がぶれそうになったときに立ち戻るために書いた文章です。
年末年始という区切りの時期に、
いつもより少し、立ち止まって考える時間が増えました。
忙しく手を動かしているときには見えなかったことが、
ふと顔を出してくるような時間です。
そんなとき、
「これでいいのだろうか」と考えることがあります。
もっと広げたほうがいいのか、
もっと分かりやすく伝えたほうがいいのか。
でも最近は、そうした問いの前に、
ひとつだけ確かめておきたいことがあります。
人生の最後の瞬間に、
「自分の人生は意味があった」と思えたらいい。
いまは、その感覚を見失わずにいたいと思っています。
大きな成果や、誰かに誇れる実績ではなくて、
心と体の健康習慣づくりを通して、
誰かの気持ちが、ほんの少しだけ楽になっていた。
そんな生き方だったと、自分で思えたら十分です。
「人の役に立ちたい」と言うと、
何かを変えなければいけないような気がしてしまいます。
誰かを元気づけたり、前向きにしたり、
正しい方向へ導いたり。
でも正直に言えば、
私はそこまでのことができるとは思っていません。
誰かの考えを変えることも、
人生の正解を示すことも、
本当はとても難しいことだと思っています。
私がやりたいのは、
もっと小さなことです。
ただ、「無理なく続けられる形」を、
日々の中で一緒に整えていくこと。
心や体の調子は、
がんばれば一気に良くなるものではありません。
だからこそ、無理のない習慣として、
毎日の中にそっと置けるものがいいと思っています。
もしそれが、
「今日はこれでいいか」と思えるきっかけになったり、
「また明日もやってみよう」と感じられる理由になったりしたら、
それだけで、十分役に立てているのではないかと思うのです。
こうしたことを、
私はブログという形で書き残しています。
誰かに読んでもらうため、
何かを広めるため、というよりも、
自分が迷いそうになったときに、
立ち戻る場所をつくっておきたいからです。
続けていると、
どうしても焦ったり、比べたり、
「もっと何かしなければ」と思ってしまいます。
そんなときに、
自分は何を大切にしたかったのかを、
もう一度確かめられるように。
この文章も、
そのための記録のひとつです。
うまくいくかどうかは、分かりません。
長く続くかどうかも、正直なところ分かりません。
それでも、
誰かの心や体の調子を、
ほんの少し気にかけながら、
無理のない形を整えていく。
そんな続け方なら、
人生の延長として、
この活動を置いておけそうな気がしています。




正に私も同じ気持ち想いで毎日行動してます。つい比べてしまったり焦ったりはしょっちゅうです
だけど、優先順位を常に考えて
『自分の想いは行動が少しでも私は世の中の方々に為になる事や気遣いのできる人間でありたい』事柄がありまして、その為には己の健康があってなので、それと『財力』が最低限あれることだと 『時間』は無い無いではなく
己で創る事だと想うので
私の人生は『とことん詰め込む性格だし、今を大切にしたいので』『また今度と言う』言葉は無いから
動ける時に動くっと決めています
なので改めてこの様な素敵な
『ブログ』を拝読させて頂き改めて
私の事を言われてるのかと『ドキッと』しました。有難う御座いました