続けてきた時間を、そっと振り返る
- raytsunoda
- 1月5日
- 読了時間: 2分
ここまで、
いくつもの言葉を書いてきました。
無理をしないこと。
揺れる日があること。
止まってしまった日も、途中に含めること。
成果や数字と、少し距離を置くこと。
どれも、
何かを成し遂げるための話ではありません。
ただ、
日々を続けていく中で、
手放したくなかった感覚を、
その都度、言葉にしてきただけです。
振り返ってみると、
続けてきた時間は、
一直線ではありませんでした。
止まったり、戻ったり、
何もしていないように見える期間もありました。
それでも、
それらを含めて眺めてみると、
どこかで確かに、
自分の生活の中に残っているものがあります。
目に見える成果ではなく、
はっきりした変化でもなく、
ただ「こうありたい」と思ってきた感覚です。
続けてきた時間があったからといって、
何かが大きく変わった、という感覚はありません。
以前と比べてどうか、
という話でもありません。
それでも、
続けてきた時間が、
無駄だったとは思えません。
続けるということは、
何かを積み上げること以上に、
自分の状態を、
そのままにしておくこと
だったのかもしれません。
すぐに判断を下さないこと。
やめてしまった日を、
なかったことにしないこと。
そうした時間の重なりが、
いまの生活の中に、
確かに残っています。
この文章も、
誰かに向けて書いたというより、
迷いそうになったときに、
立ち戻れる場所として置いてきました。
もし、
これらの言葉の中に、
ほんの一行でも、
自分の感覚と重なるところがあったなら。
それだけで、
書いてきた意味は十分だと思っています。
続けることに、
明確な答えはありません。
無理なく、
揺れながら、
ときどき立ち止まりながら、
それでも戻ってくる。
そんな続け方が、
ここには残っています。
これで、
ひとつの区切りです。
また必要になったときに、
ここから、
静かに続きを始めればいい。
いまは、
この時間を、
そっと置いておきます。




コメント